これは、昨秋ある雑誌を見たことから始まった。
それは雑誌「月刊 ランティエ」に掲載された「魂の風物詩 案山子」である。
そのなかで、明石散人氏の考察がとても面白い。
この一文を読んで驚きとともにとても面白いと思った。そして来年はこれをテーマに写真を撮ろう・・・そう思ったのである。

明石氏は学者かと思ったらそうでは無くもの書きらしい。以下が雑誌「月刊 ランティエ」に掲載された紹介記事である。

  
   
 

明石散人(あかしさんじん)
1945年生まれ。美術、歴史、政治等あらゆる分野に博覧強記。
独自の視点から提示する「新説」は常識・既存の枠組みを打ち崩し、 メディア関係者に支持されている。
主な著書に『東洲斎写楽はもういない』など。
  

  
   




 

         案山子は神様の成れの果て。
               「カガシ」と「カカシ」は別物なのだ。


と題された明石氏の文によると、案山子の元となった神様の名は「久延毘古」(くえびこ)。『足が不自由ではあるが宇宙の万物に知らないことは何もないという、 真っ赤な顔の賢人こそ案山子の原形である。歩けないので決まった場所にいて、そこを訪れた旅人の問いかけには何でも答えてくれる、優しい神だ。』とある。
古事記は「久延毘古」の別名を「山田之曾富騰」(やまだのそほど)と記しているのだそうだ。では何故「久延毘古」=「山田之曾富騰」が案山子になったのか。
『〔古事記伝〕には「曾富騰は後の歌に曾富豆(そほず)とよめる物にて、清輔朝臣の奥義抄に、田におどろかしに立ちたる人形なりと云り」とある。 藤原清輔が〔奥義抄〕を著した12世紀前半には、既に案山子は田圃に立っていた。』
では、農村で祀られていた神から、田畑を荒らす鳥獣を追い払うための物への変化はどこから来るのか。
 『山田之曾富騰の名を見てみよう。「山田」は山の田圃。曾富は「真っ赤な」という意の赫(ソホ)、騰は人(ド)、と同音の語に転じる。 赫は別の読みで「カガ」、人の尊称は「子」(シ)。それで「カガシ」。ではなぜ「案山子」と書くか。案山は低く平らな山、すなわち田畑を指す。 田畑にいる人=案山子である。案は案じる、など考える意もあるから、本来の知恵者という意にも通じる。読み、書き、それぞれの変化があるのだ。
 曾富豆は僧都に転じ、山法師同然に笠と蓑を着けた姿となる。時の流れと共に田畑にいることだけはそのまま、だが神であることは忘れられ、 鳴子などと同様に農具のひとつとなり、顔も赤くない。いつしか読みも「カカシ」へ。
 こうして神は物になり果てたのである。』


まことに面白い読み方だが、それはそれで驚きでもあり、古書、史書など読むこともない私にとっては新鮮でもある。
つまりこれによると「カガシ」は神で、「カカシ」は物ということか・・・。

辞典で「かかし」を引くと 『案山子』@作物を荒らす鳥獣を防ぐため、田畑に立てる、竹やわらなどで作った人形。かがし。
A見かけはもっともらしいのに役に立たない人。見かけだおし。
とある。また、大きな目玉を書いて紐で両方の竹に結び、風でひらひらさせて鳥獣を追うものを見たこともある。これなどは完全に物であろう。

今回各所の案山子を見て、今の案山子は、スポーツの選手や漫画の主人公、或いは政治家、タレントなど時代の様相をいち早く反映させたものが多い。 しかし、いまや農民にとっては実効はなく、遊びの対称となってしまった案山子でも、心の奥底ではやっぱり、作物を鳥獣から守り豊作を願う「神」ではあるまいか・・・。

  
   
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